Topics:新元号は「令和」に決定! 改元のルールとは?

2019年5月1日、日本は平成から、新しい元号の「令和」に改元します。248番目となるこの元号は、確認できるかぎり史上初めて国書である『万葉集Manyo-Shu)』を典拠としており、「令」の文字の使用は初、「和」の使用は20回目です……などと、さまざまな報道に接しているうちに、ちょっとだけ物知りになって、新しい時代を迎える……。そんな気分ってどこか「令和」なのかも。

「令和」の発表にあたって、安倍晋三内閣総理大臣は「厳しい寒さのあとにみごとに咲き誇る梅のように、ひとりひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせる…」と述べました。

令和の引用箇所は、『万葉集』梅花歌卅二首并序(梅の花の歌32首と序文)の中の「初春月、気淑風」。漢字の並びを見るだけで、春の訪れを告げるぽかぽか陽気と冬のなごりをとどめるひんやりした空気が感じられそう。そこには安心感と爽快感、そして胸躍るわくわく感―希望―までもが芽吹いているようです。

いろいろあった「平成」

さて、去りゆく「平成(Heisei period)」は後代どんな時代と呼びならわされるのでしょうか? たとえば、歴史の教科書に載っている元号付きの歴史用語には「大化改新」「大宝律令」「安和の変」「応仁の乱」「慶安の御触書」「明暦の大火」「天保の改革」(天保の飢饉もあった)「明治維新」…などがあり、一部しか列挙していないものの、どうやら政変や戦乱、天災といったよくないこと、またはよくない社会状況をうけての改革といった性格のものが多いようです(もちろん「天平文化」「寛永通宝」「元禄文化」「大正デモクラシー」といった悪くないものもありますけど)。

平成の約30年間、日本では阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)をはじめとする大きな自然災害や、オウム真理教による前代未聞のテロ事件が起こりました。また日本経済の低迷や国際競争力低下は「失われた10年」(20年あるいは30年という人もいます)とも形容されました。さらに、パラダイムシフトともいうべき第三の波(情報革命)、功も罪ももたらしたグローバル化、顕著に影響が現れ始めた地球温暖化といった、抗いようのない世界規模の潮流に巻き込まれたのも平成。「まあ、とにかくいろいろあった」としか言いようがありません。

そもそも改元のルールって?

そもそも元号に「一世一元」の制度が取り入れられたのは明治から。それ以前は、天皇の代替わりのほかに、吉兆が出現したり天変地異に見舞われたりするたびに、験を担いで改元が行なわれたそうです。大事のたびに時代(元号)に区切りをつけるわけですから、わずか数年で終わってしまった時代のほうがむしろ多いくらい。当時の記録や情報も限られているわけで、したがって時代を画する一大事が起これば歴史用語だってつくりやすいですね。

ちなみに、一世一元の明治、大正を除く上記歴史用語の元号の年数は長いもので、天平と寛永(21年)、元禄(17年)、天保(15年)、残る元号は3~6年です。なお、平成は昭和(64年)、明治(45年)、応永(35年)に次ぐ史上4位の長さでした。

元号に願いを託して

作り手ではない私たちでも新しい元号にそれぞれの思いや願いを投影させることができます。令和はほかに、「平和になるよう仕向ける」という意味で「和せしむ」とも読めます(東京大学名誉教授ロバート・キャンベル氏) 。明仁天皇(退位後は上皇)は85歳を迎えられた2018年12月23日、「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」と平成日本の歩みを振り返られました。「とにかくいろいろあったけど(国内で)戦争のなかった平成」だったのです。 願わくば、令和も、新しい天皇が長きにわたって健やかに公務を続けられ、「おそらくきっといろいろあるだろうけど、(人智で防げる)戦争だけはない令和」であってほしいものです。


ブリタニカ・オンライン・ジャパンの大項目事典には、元号について詳説した「元号」、元号を学ぶに切り離せない「天皇」、そして総合的な「日本史」が掲載されています。

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